ジャック・ジョンソン!サーフミュージックの第一人者でプロ級のサーファー!!

ジャック・ジョンソン。

何とも言えない世界観があるジャックジョンソンの音楽。

サーフィンが好きなハワイの友人に教えてもらったジャックの音楽。

正直最初はあまり印象に残らなったのですが、このさり気ない音楽が居心地を良くすると理解するのには、さほど時間がかかりませんでした。

今までのサーフミュージックの概念をすっかり変えてしまった最高のミュージシャンです。

最高です!ジャック・ジョンソンの世界

ジャック・ジョンソン、一度聴いたらついついハマってしまう最高の癒しのミュージック。

ノースショア・ワイメアベイでサーフィンをした後に、83号線を走ってハレイワに向かう車の中。

心地よい疲れの中で聴くジャック・ジョンソンの音楽が、本当に最高なのです!

ジャック・ジョンソンが出てくるまでは、サーフ・ミュージックと言うと、もっとハードな曲が主流でした。

でもサーフィンの後、心地よい疲れの後に聴く音楽はやっぱりメローで清々しい曲が似合うのです。

さすが、プロ並みのサーファーであるジャック、海から上がった時の空気感が良く分かっています。

やはり本物のサーファーだからこそ作れるサーファーのための独特の音楽なのです。

まずはこの一曲!Banana Pancakes!!

 

まずはジャックの音楽で大人気の一曲「Banana Pancakes」を聴いてみてください!

ジャックジョンソンのファンの方なら当然知っている名曲です!

 



Can't you see that it's just rainin'
Ain't no need to go outside
But baby
You hardly even notice
When I try to show you this
Song is meant to keep you
Doin' what you're supposed to
Wakin' up too early
Maybe we could sleep in
Make you banana pancakes
Pretend like its the weekend now
We could pretend it all the time
Can't you see that it's just rainin'
There ain't no need to go outside

ジャスティン・ヤング(Justin Young) ジャスティン・ヤング(Justin Young)。ハワイから世界の一流アーティストへ仲間入り!



ジャック・ジョンソンのプロフィール

日本をはじめ全世界のファンから熱狂的な支持があるミュージシャン。

アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島出身。1975年5月18日にオアフ島のノースショアに生まれ。

ジャック・ジョンソンは、幼少の頃からノースショアの海でサーフィンを始めます。

高校生になる頃には、あのQuicksilver社とプロ契約をするサーファーとなり、前人未踏のワールドチャンピオンであるケリー・スレーターロブ・マチャドと並ぶほどの評価を得ていました。

それほどの実力の持ち主でサーフィン界での将来を期待されていた一人でした。

しかし、サーフィン中に海底のリーフに身体を叩きつけられる大けがをしてしまいます。

その結果、ジャックはプロサーファーとしてのキャリアを諦めることとなります。

この時はさすがにジャックも、精神的にかなり打ちのめされたようです。

この大けがによりプロサーファーとしての夢は断念します。

しかし、その後は音楽や映像、特にアコースティックギターに傾倒するようになり一気にその感性が開花しました。

その後大学に進学し、在学中に映像について学びます。

大学を卒業した後に、ジャック・ジョンソンの撮影したサーフィンムービー(ケリー・スレーターやロブ・マチャドのドキュメントムービー)が世界中のサーファーに評判となります。

その映画は評価が高くサーフィンムービーとして賞を受賞しました。

そしてムービーだけでなくそのムービーで流れていた音楽も同時に注目を浴びました。

それらの曲はジャックの選曲によるものでしたが、それをきっかけにジャック・ジョンソンの音楽のセンス・才能にも注目が集まるようになります。

シンプルで優しいアコースティック・サウンドが中心で、ジャック・ジョンソン自らが演奏した曲も含まれていました。

そして間もなくG・ラヴ、ベン・ハーパー等の有名アーティストから注目をされはじめ、ベン・ハーパーの経営するインディ・レーベルからCDデビュー。

G・ラヴは、彼の音楽的才能にほれ込み、G・ラヴのアルバム「フィラデルフォニック」にジャック・ジョンソンの楽曲「ロデオ・クラウンズ」を収録しました。

そして「ロデオ・クラウンズ」がベン・ハーパーのマネージャーの耳に留まり、ベン・ハーパーのインディ・レーベルからCDデビューする事になったのです。

2001年に発表した1stアルバム「ブラッシュファイアー・フェアリーテイルズ」はインディーズからの発売となりましたが、インディーズとしては20万枚を超える大ヒットとなります。

その大ヒットをきっかけにユニバーサルにレーベルを移し、さらにジャック・ジョンソンの名前は広がっていきました。

 

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ジャック・ジョンソンのアルバム

1stアルバムの「Brushfire Fairytales」も名作なのですが、2nd・3rdでジャック・ジョンソン独特の世界観が確立したのではないでしょうか。

2ndアルバムの「On and On」は2003年の発表。

収録曲の「Wasting Time」などをはじめ名曲がズラリと楽しめます。

また3rdアルバムの「In Between Dreams」は2004年に発表され、こちらにも「Banana Pancakes」などの名曲が収録されています。

肩の力を抜いて、リラックスしながら楽しめるジャック・ジョンソンの音楽は、この3枚のアルバムの発表により不動のものとなりました。

ジャックジョンソンのアルバム一覧

ついに出た!ジャックのベストアルバム

 

出ました!ついにジャックジョンソンのベストアルバムが発売されたのです(2018年7月4日発売)。

ジャックジョンソンについて、「知ってるけどあまり聴いたことがナイ!」と言った方には、このベストアルバムはオススメです。


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収録曲
バナナ・パンケーキ
ホライゾン・ハズ・ビーン・ディフィーティッド
ベター・トゥゲザー
フレイク
グッド・ピープル
シッティング・ウェイティング・ウィッシング
ゴーン
バブル・トーズ
アップサイド・ダウン
イフ・アイ・ハッド・アイズ
アイ・ガット・ユー
ホープ
ユー・アンド・ユア・ハート
ロデオ・クラウンズ
マイ・マインド・イズ・フォー・セール
ウェイスティング・タイム
ホーム
ビッグ・サー(マイクD・リミックス)*未発表ヴァージョン

「今作は最高に高い波」

 


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全米チャート最高位 1位
発売日: 2010年6月1日
レーベル: Brushfire, Universal
全米売上: 50万枚

「トゥ・ザ・シー/TO THE SEA」。2010年に発売された名盤「TO THE SEA」。

アルバム発売前までで、すでに全世界で1800万枚のセールスを記録していたのですが、こちらのアルバムも全米ナンバー1に輝きました。

今回このアルバムを紹介させて頂いたのは、実は本作発表の際のジャックジョンソンのコメントが最高にカッコイイからなのです。

それではそのコメントとアルバムの代表曲でもある「You And Your Heart」を紹介します。

 



「今作は、人生を祝うようなアルバムになっているんだ。友人や家族を失った後に、生を祝うものとして見られるようになった。波のサイズで例えたら、僕の他のアルバムと比べたら今作は最高に高い波ってことになるかな」

ジャック・ジョンソンは、地球環境への配慮を欠かさないことも有名だが、今作でも「アルバムも全てソーラー発電でレコーディングしたんだけど、環境への影響を最小限に抑えるためにリサイクル紙で作ったパッケージになるよ」と、これまでと変わらない姿勢を見せています。

 

アルバム発表の同年、カリフォルニアでコンサートを開催したのですが、このコンサートは環境保護活動を行なっているNPO団体「Heal The Bay」の支援を兼ねたものでした。

そしてこのコンサートは、チケットの入手方法がとてもユニーク!

サンタモニカ・ビーチで、2時間の清掃ボランティアを行なった人にチケットが無料配布されたのです。

環境保護活動を行っている団体の活動を少しでも理解してもらいたいという事だったのでしょう。

さすが環境問題に関心の強いジャック。そして本当にナイスアイデアです。

なんかジャックらしいステキなコンサートですよね。

 



ジャック・ジョンソンの動画

ジャックジョンソンの音楽が魅力的なのは、もうすでに当然と思われていますが、じつはジャックジョンソンの動画もすごく魅力的です。映像にこだわりを持つジャックジョンソンの一面が垣間見れます。

ジャックジョンソンの動画特集



ジャック・ジョンソンのギターコード

サーファーミュージックの代表格、ジャックジョンソン

ジャックジョンソンの世界観。はじめてジャックジョンソンを聴いた時、それは今までのサーフミュージックの概念をぶち壊すほどの衝撃でした。
そんな彼の独特の世界をギター演奏で感じてみるのはいかがでしょう。

ジャックジョンソンのギターコード特集

代表曲の歌詞

ジャックの数々のメロディアスなナンバー。
歌詞を理解すれば、ジャックジョンソンの魅力が何倍にも膨らむことでしょう!

ジャックジョンソン代表曲の歌詞

一番のお気に入り曲「Wasting Time」

ジャックジョンソンに本格的にのめり込んだキッカケとなった曲がこの「Wasting time」。

どこか気が抜けたような(失礼!)この緩い感じに、なぜか思い切りハマってしまったのです。

この曲をキッカケにジャックジョンソンLOVEとなって行きました!

どうですか?この感じ。まさしくジャックの真骨頂ではないでしょうか。

Wasting Time(Jack Johnson)



Yeah
And I'm just a waste of her energy
And she's just wasting my time
Mmmm
So why don't we get together
And we could waste everything tonight
And we could waste and we could waste it all tonight
Yea
And we could waste and we could waste it all tonight
And I don't pretend to know what you know
No no
Now please don't pretend to know what's on my mind
If we already knew everything that everybody knows
We would have nothing to learn tonight
And we would have nothing to show tonight
Oh but everybody thinks
That everybody knows
About everybody else
Nobody knows
Anything about themselves
'Cause their all worried about everybody else
Yeah
Oh

ライブ(ツアー情報)

ジャックジョンソンのライブ(ツアー情報)です。ジャックジョンソンのライブを生で体験し、ノースショアの風を肌で感じてみるのはいかがでしょう。

ジャックジョンソンのライブ(最新のツアー情報)

名曲いろいろ

無数の名曲をリリースしているジャックジョンソン。
「ジャックジョンソンのベスト3は?」と問われても、なかなか答えが見つからないかもしれません。
それでも、ここでは敢えて名曲と思われるものをピックアップしてみます。

“I Got You” ジャックジョンソン

“Better Together” ジャックジョンソン

“Angel” ジャックジョンソン

“Hope” ジャックジョンソン

Kokua Hawaii Foundation(コクア・ハワイ・ファンデーション)

コクアハワイファンデーションは子供と地元のための基金です。

ジャックジョンソンとその妻であるキムジョンソンがスタートさせた「Kokua Hawaii Foundation(コクア・ハワイ・ファンデーション)」。

環境教育をサポートする非営利団体「コクア・ハワイ・ファウンデーション」がスタートしたのが今から10年以上前の2003年。

ちなみに「コクア(Kokua)」とはハワイ語で「助け合い」という意味になります。音楽業界で大成功を収めたジャックジョンソンだからこそ、このようなメッセージは人々に届き、影響が強いものなのでしょう。

社会的影響力が強い(特に若者に対して)カリスマ性がある有名人が、このような意義ある行動を取ってくれるのが、やはりアメリカの懐の深さなのでしょうか。

いずれにしても良い行いです。

この団体の意義は「人々が助け合って行動することで、美しいハワイを次世代に引き継いでいきたい」という思いが込められているとの事です。

ジャックジョンソンのもうひとつのステキなキャリア、コクアハワイファンデーション

コクア・ハワイ・ファンデーションでは様々な活動を行っていますが、その中のカリキュラムにハワイの子供たちに対して、野菜がどのように育つのかを教える「アイナ・イン・スクール」という活動を行っています。

ある時ハワイの子供たちに、「食卓で並べられている食事はどのようにして出来たの?」といった質問をしたところ、「トラックで運ばれてきた食材がスーパーに並んで、それを家の電子レンジで温めて食べるもの」といった答えが返ってきたそうです。

そこに危機感を感じて始められたスクールがコクア・ハワイ・ファンデーションで行われている「アイナ・イン・スクール」なのです。

地元を大切にするジャックジョンソン

様々な活動を通じてジャックジョンソンはこのように語っています。

「自分はこの美しいノースショアで生まれ育ち、小さいころから自然に教わってきたことがたくさんある。それと同じ経験を子どもたちにもさせたい。僕たちの活動の目的は、子どもたちが自分自身で学び判断するチャンスを提供すること。それと同時に大人たちにも、その重要性を理解してもらうこと。」

コクア・ハワイ・ファウンデーションの活動は主にジャックジョンソンの妻であるキムがメインで行っておりますが、資金的なサポートを行うためにジャックは「コクア・フェスティバル」というチャリティコンサートを毎年行っています。

そのチャリティーコンサートには G. LoveやJake Shimabukuro、そしてJohn Cruzなどの大物ミュージシャンも参加しています。

The Best of Kokua Festival

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ヘザーブラウン!ハワイを代表するアートの魅力!

名曲中の名曲!Island Style-John Cruz

Island Style-John Cruz

「コクア・フェスティバル」での夢の競演、ジャックジョンソンとあの70年代のハワイアン第一人者の「John Cruz(ジョン・クルーズ)」とのコラボレーション。

そしてあの名曲中の名曲である「Island Style」を熱演したのです。

これは感動モノです!

John Cruz with Jack Johnson & Jackson Browne - Island Style (from Best of Kokua Festival)



そして「Island Style」は歌詞がまたスゴク良いのです!

John Cruzの歌詞に大きな影響を受けたというJack Johnsonですが、その意味が良く分かります。

Johnの歌詞がまたナチュラルですが奥深くて最高なのです!!

 

On the Island, we do it Island Style,
From the mountain to the ocean from the windward to the leeward side.
On the Island, we do it Island Style,
From the mountain to the ocean from the windward to the leeward side.
Mama's in the kitchen cooking dinner real nice,
Beef stew on the stove, lomi salmon with the ice.
We eat and drink and we sing all day,
Kanikapila in the old Hawaiian way.
On the Island, we do it Island Style,
From the mountain to the ocean from the windward to the leeward side.
On the Island, we do it Island Style,
From the mountain to the ocean from the windward to the leeward side.
We go grandma's house on the weekend clean yard.
If we no go, grandma gotta work hard.
You know my grandma, she like the poi real sour.
I love…

ジョン・クルーズ(John Cruz)!あのジャックジョンソンが影響を受けたアーティスト!

ジャックジョンソンのいろいろエピソード

 

ジャックジョンソンのエピソードについて、いろいろとまとめてみました。

コミュニティサイト「All At Once」をオープン!

An individual action, multiplied by millions, creates global change.
(個々のアクションが数100万になれば、世界を変えることができます。)

 

ジャックのこのようなメッセージと同時にスタートしたコミュニティーサイト「All At Once(オール・アット・ワンス)」。

このコミュニティーは地域の環境保全を目的としたもの。

個人、非営利団体、地域社会をオンラインやコンサートでソーシャル化して盛り上げていこうというもの。

さすが環境問題に本気で取り組んでいるジャックジョンソンらしい発想です。

 

Welcome to All At Once, Jack Johnson’s social action network where you can make a positive change in your local and world community: connect with non-profit groups, take environmental action, and receive rewards. All At Once promotes Sustainable Local Food Systems and Plastic Free Initiatives.

Your Actions * Your Voice * Your Choice

 

 

映画「180°SOUTH」にジャックの曲も収録!

★180° SOUTH (ワンエイティー・サウス)映画について

1968年、2人の若きアメリカの青年が、バンでカリフォルニアから南米パタゴニアの未踏の山と波を探しに旅に出た。

彼らはそこで言葉にすることが出来ない程の美しい自然を目にする。

数々の冒険(旅)をしてきた2人にとって、その1968年のトリップは、未だに“人生最高の旅”だと言う。

その1人はパタゴニア創業者のイヴォン・シュイナード、もう1人はシュイナードの親友でノースフェイス創業者のダグ・トンプキンスである。 

そして、若きアメリカの冒険家ジェフ・ジョンソンはその伝説的な旅を記録映像で見て以来、10年間、2人の足跡をたどることを夢見ていた。

2007年、その夢が叶い、イヴォンと一緒に新たなパタゴニアの旅をはじめた。彼らがそこで見たものとは?

そして自然環境を冒険という旅を通して感じた彼らは何を思ったのか?

年を気にせずいつまでも、自分のまま、やりたいことだけをやり続けて来た2人から教わった新たな世界を見る何かがこの映画にはある。

そして自然環境を冒険という旅を通して感じた彼らは何を思ったのか?

アルバム「TO THE SEA」発売の際のコメント!

今年5月にリリースしたニュー・アルバムのタイトルが『TO THE SEA』となっているんですが、どうしてこのタイトルにしたのか、その理由を語ってくれました。

『トゥ・ザ・シー』というタイトルは、僕が最近、よく読んでいるいろいろな神話の本を参考にしたもの。僕はその神話を読みながら、自分の人生に当てはめ、父のことを思い出していた。父は20歳のときに、カリフォルニアからハワイまで、ひとりでセイルボートで航海したんだ。彼はたぶん、人生の意味を見い出そうと海に出たと思う。ハワイに着いた父は僕と兄弟をいつも海にいるように仕向けた。そして僕は物語や夢や海を徐々に理解していったんだ。僕にとって、海や水を見ることは、潜在意識の表現だった。だから夢や物語の中で川を渡ったり、水に入ったりすることは、未知の世界に潜っていくことを意味している。人それぞれに解釈は違うものになるだろうけど、僕にとっての「トゥ・ザ・シー」は、自分自身をより理解しようとする息子を、父親が海に導くっていう意味があるんだよ。

そんなジャックさんも今では3人の子持ち。かなりの子煩悩ぶりを発揮していて、子供たちと海に行く機会が増えたそうです。そのことをこんな風に語っています。

僕の人生で海はほんとうに学べる場所だと分かっているから、子供達を海に連れて行けることをラッキーだと思っているよ。子供達は海に行きたがるときもあれば、そうじゃないときもあるから「お父さん、きょうはビーチに行かないよ」って言われたら、いつも「いいよ」って言うんだけどね。そういうときは庭でかくれんぼをしたりするんだ。今の僕は自分が海で遊ぶよりも、海で遊ぶ子供達を見ているほうが好きだ。今までは自分だけで喜びや楽しみを味わってきたけど、今は子供達を見ていられる幸せを感じている。子供達がその瞬間瞬間で体験していることを見逃したくないって思っているんだ。

来日中に東日本大震災が!

コンサートのために日本に来日していたジャックジョンソン。

ちょうど大阪でのライブを行おうとしていたその日に東日本大震災が発生したのです。

その日はなんとかライブを行いましたが、その被害の甚大さを知り、当然ながら翌日以降のコンサートは中止に。そしてその時のジャックの行動が素早く、すぐに寄付活動などを行っておりました。

ライブのため訪れていた大阪で地震に遭遇したハワイ・オアフ島出身のミュージシャン、ジャック・ジョンソンが、日本の支援のために5万ドル(約425万円・1ドル85円計算)を寄付すると自身のオフィシャルサイトで発表した。ジャックは10日から19日までの予定で日本公演を行っていたが、東日本大震災の影響で11日以降の開催はすべて延期となった。14日は震災により特に大きな被害を受けた仙台での公演を予定していた。
ジャックのオフィシャルサイトによれば、ジャックの家族とバンドメンバーたちは、東日本大震災が起きた11日、大阪市中央体育館での公演のため、大阪に滞在していたという。コンサート自体はその数時間後に予定通り行われたが、次の開催予定地である仙台をはじめ、日本の各地域を襲った津波のニュース映像を見て、予定していた14日公演の延期を決定。さらに、福島原子力発電所に関連する危険なども考慮し、最終的に14日以降の来日公演も延期した。

地震が起きたとき、家族と大阪のホテルの29階に滞在していたというジョンソンは「大きな被害を受けた地域の皆さんが遭遇した事態に比べたら、何でもないけれど、気が狂いそうな経験だった」とその体験を述べた。そして、「被災者の皆さんに心よりお見舞い申し上げます」とした後、続けて「災害救済活動の支援をするために、寄付をいたします。そして、友人と再会し、より多くの音楽を奏でるため、すぐに日本に戻ってくることを望んでいます」とコメント。被害に遭った地域への救済活動を行っているポータルサイトGlobalGivingという団体に5万ドルを寄付したことを報告した。

 

2020年開催の東京オリンピックのサーフィン大会について

ジャック・ジョンソンはサーフィンが2020年開催の東京オリンピックで正式種目となったことについてコメント。

そこでは、2020年の東京五輪で注目している選手も明かしています。

そう、名前を挙げたのはあの「ジョン・ジョン・フローレンス」!次のようにコメントしています。

「サーフィンが初めて2020年の東京五輪で行われるので、成長を見守ってきた友人、ジョン・ジョン・フローレンスの出場に期待しているよ。彼が勝つと思うし、そう願っている。彼は今、世界で最も素晴らしいサーファーの1人だよ。でも競技としてのサーフィンには正直複雑な思いもある。僕にとってサーフィンは競技というより、森の中の散歩やハイキングのように、ただ自然の中に身を置くことだからね。そうは言っても僕はサーフィンを愛し、その様々なスタイルを見て育ったので、競技を通してサーファーがお互いを高め合っていくのを見るのも楽しいよ。だから2020年の東京オリンピックは楽しみだね」

 

とりあえず、彼のライディングは想像を超えるもの。ぜひその目で確かめてみてください。

怪我さえなければ、2020年は彼のものでは!

コクア・ハワイ・ファウンデーション代表 KIM JOHNSON / キム・ジョンソン

環境教育をサポートする非営利団体「コクア・ハワイ・ファウンデーション」。

コクアとはハワイ語で「助け合い」を意味します。

そして団体の立ち上げは2003年。

ジャックジョンソンの奥様である、キム・ジョンソンさんが発起人の一人で、また彼女が代表を務める同団体。

そんなキムさんへのインタビューが掲載されていましたので、ここで紹介します。

 

「私は高校で数学の教師をしていて、その後はジャックの音楽活動の手伝いをしていましたが、彼が音楽の世界で成功したので、次は何か別の意味があることをしたいと思ったんです。環境問題については以前から関心がありました。それで元々教師ということもあって、子どもたちに対して何かできないかと考えたのです。その当時、環境教育を行うグループはハワイにはほとんどありませんでした。そこで、ネガティブに反対を唱えるのでなく、ポジティブな姿勢で環境問題に対してアクションを起こそうと思ったんです」

 

またオーガニックの地産地消を推奨しているキムは、その活動にも積極的。

その活動のキッカケになったのはある子供との会話によるもの。

 

「あるとき、私たちはどうやって食べ物を得ているかという話をしていたら、ある子どもが、ボートが港にやってきて、トラックが店に運んで、それを買って家の電子レンジに入れて温めて食べるって(笑)。ハワイはほとんどの食料の供給をメインランドに頼っているから、そう思うのは無理ないかも。それで農場や酪農場に見学に連れて行ったら、みんな『わ~、バターやクリームって自分でつくれるの?』ってびっくりしてた。食べ物がどうやって生産されているか、その流れを子どもたちがきちんと理解することが大事だと思いました」

 

 

これらの活動に対して、ジャックジョンソン自身も以下のようにコメントしています。

 

「自分はこの美しいノースショアで生まれ育ち、小さいころから自然に教わってきたことがたくさんある。それと同じ経験を子どもたちにもさせたい。僕たちの活動の目的は、子どもたちが自分自身で学び判断するチャンスを提供すること。それと同時に大人たちにも、その重要性を理解してもらうこと。菜園での体験は彼らにとって学んでいるという感覚はないかもしれない。でも自分がどんな世界に育っているかを、体で感じることはできると思うんだ」

 

 

このように地域を大事にして、それらをみんなで共有して、大事な地域の資産を守って行こうとする姿勢。

何かとてもうらやましいです。

【まとめ】ジャックジョンソンの魅力

 

ジャックジョンソンの魅力は、その音楽はもちろんのこと、音楽だけにとどまらずそのライフスタイルまでもがとても魅力なのがお分かりになって頂けたのではないでしょうか。

プロサーファーを目指していた青年期、予期しない大けがでその夢を絶たれてしまったジャック。

それでもサーフィンに代わって「音楽」という世界で新たな夢を追い求めた、その精神力の高さには本当に尊敬の念を感ぜずにはいられません。

そしてその新たな夢である「音楽の世界」でも大成功を収めたところが本当にスゴイところ。

それまでのサーフミュージックの概念をぶち壊したところにも、ジャックの創造性とその凄さを感じます。

そして地元ハワイノースショアを大事に想い、そして子供たちの未来についても真剣に取り組むジャック。

これからも応援しています!

 

ジャック・ジョンソン公式サイトへリンク(英語版)

 

JACK JOHNSON / ジャック・ジョンソン

ジャック・ジョンソンジャック・ジョンソンは1975年5月18日、ハワイ・オアフ島のノースショアに生まれた。”世界で最も危険で美しい波”がブレイクするビーチと庭 続きというロケーションの中、「1、2歳くらいから親父のボードに乗せられていたよ」と言うほど幼い頃からサーフィンに慣れ親しみ、高校生になる頃には世 界最高峰のサーフィン大会である”パイプライン・マスターズ”にも出場。ケリー・スレイターやロブ・マチャドらと並ぶ注目サーファーと評価され、 Quicksilver社とプロ契約も結んだ。しかし17歳の時、サーフしている最中に海底のリーフ(珊瑚礁)に身体を叩きつけられ、頭蓋骨にヒビ、頭部 を100針以上縫う大怪我をしてしまう。数ヶ月間は海に入ることすら許されなかった失意のジャックは、これを機に、以前から趣味としていたギターにのめり 込むようになったという。

高校卒業後は、カルフォルニア大学サンタ・バーバラ校に進学。「昔から、ボロいカメラで友達のライディングを撮影しては、好きな音楽をのせて VHSに編集するのが好きだったんだ」というジャックは、専攻を数学から映画へと変え、卒業後、(在学中に出会った現在の妻=キムとのヨーロッパ放浪の旅 の後に)ハワイに戻ると本格的な映像制作に着手。そして1999年、サーフ仲間のマロイズと組み、最初のサーフムーヴィー『シッカー・ザン・ウォーター』 を完成させる。スレイターやマチャドなど、世界を代表するトップ・サーファー達の姿を捉えたそのドキュメントは、世界中のサーファー間で評判となり、アメ リカを代表するサーフ誌=『Surfer』では最優秀ビデオ賞も獲得する。

ゆったりと流れる時間、自然が創り出す波の美しさ、そしてそれを追い求めるサーファー達のスピリットや友情をも表現した『シッカー・ザン・ ウォーター』は、テクニックやコンペティティヴな要素最優先であった既存のサーフムーヴィーの価値観を大きく変えてしまったと言われる。そんなオーガニッ クな作品を彩り、映像同様に強烈な印象を残したのが音楽だった。「波を待っている時は、頭の中をゆったりとしたリズムが流れているんだよ」と語るジャック は、それまでのサーフムーヴィーの中で定石のように鳴っていたハードなロックではなく、シンプルでアコースティックな優しいサウンドを中心に乗せた。そし てそのハイライトは、ジャック自らが奏でたものだったのだ。

そんなジャックの音楽の才に、いち早く注目したのがGラヴだった。1999年リリースの4作目『フィラデルフォニック』にジャックの「ロデオ・ クラウンズ」を採用、それはアルバムからの1stシングルにもなった。同じ頃、ベン・ハーパーの右腕として知られるJPプルニエとサーフィン仲間となり、 手渡したデモテープが彼の心を掴んだ。そして遂に、ハーパーが新たに設立するインディ・レーベル=エンジョイ・レコーズの第1弾アーティストとして、レ コード契約を結ぶこととなる。

2作目のサーフムーヴィー『セプテンバー・セッションズ』の撮影と並行して制作されたデビュー・アルバム『ブラッシュファイアー・フェアリーテ イルズ』は、2001年の2月にリリースされた。アコースティック中心のメロウでシンプルなサウンドを基本に、レゲエ、ラテン、ヒップホップなどの要素も 取り入れたミクスチャー・スタイルは、サーファーを発信源にファッション関係やクリエイターといった感性豊かな人々へと、徐々に徐々に口コミで広まって いった。そうして時間を掛けながら、インディーズで20万枚以上をセールス。そして2002年になって改めてユニバーサルからのメジャー流通に乗ると、遂 にはミリオンセラーを記録してしまう。

レーベルによる大掛かりなプロモーションの力を借りずに駆け上ってきたシンガー・ソングライターに世界が注目し始める頃、ジャックは映像製作の ために立ち上げた”The Moonshine Conspiracy”の音楽部門として、”ブラッシュファイアー・レコーズ(BFR)”を設立。2003年に同レーベルからの作品としてリリースされた 2ndアルバム『オン・アンド・オン』は、全米ビルボード初登場3位という予想以上の好スタートを切る。デビュー作を聴いたファンの大半が、新作を心待ち にしていたことの表れだった。そして、アメリカで辿ったのと同じ道程が、ここ日本でも繰り返された。

アルバム『オン・アンド・オン』発表後、ゆっくりとゆっくりと伝わっていったヴァイヴは、来日公演、そして自らのプロデュースによるドノヴァ ン・フランケンレイターの大ヒット等を経て、”フジ・ロック・フェスティバル”でのステージが大絶賛を浴びる頃には、もはや誰にも止められないほどに大き なものとなってしまう。カルチャー誌やストリート誌はこぞってジャックを大きく取り上げ、ショップは”ジャック・コーナー”を常設、邦人アーティスト達か らも信奉者が続出するなど、正に現象となった。

勢いは衰えることなく、2005年2月16日にリリースされた3枚目のオリジナル・アルバム『イン・ビトゥーン・ドリームズ』は、全米チャート 最高位2位を獲得した (オリコン総合アルバムランキング初登場13位)。2006年には、映画『キュリアス・ジョージ』のサウンドトラック発表、こちら も全米チャート1位を獲得した。更なる飛躍が期待される中、ジャックはしばしの活動休止を宣言した。極たまの音楽フェスティバル出演等、限られた活動のみ で、ほとんど表立った活動を休止させた。彼自身を取り巻く環境が大きく変化する中、家族との時間を最優先させたのはいかにもジャックらしいと言えるだろ う。家族との時間、サーフィンなど大切なものを再認識した彼が、2008年に届けてくれたアルバム『スリープ・スルー・ザ・スタティック』では、彼の子供 達を通して、子供達の世代が経験するであろう愛情、友情、出会い、別れ、平和、戦争、喜び、悲しみについて歌っている。アルバムは、全米アルバム・チャー ト1位(オリコン総合アルバム・チャート初登場6位)を獲得。同2008年4月には、伝説の横浜赤レンガ倉庫特設ステージでの来日公演を行なった。
さらに2010年5月にアルバム『トゥ・ザ・シー』を発売して、こちらも全米1位を獲得。2011年3月、このアルバムを引っさげて来日公演が行われたが、11日に起こった震災の影響により、残念ながら名古屋、大阪以外の公演は中止となってしまった。