ハワイに渡った日本人。ハワイの日系移民について。

ABCストア

ハワイに渡った日本人。

彼らの事を日系移民と呼びます。

1868年、当時横浜に住んでいたアメリカの商人であるユージン・バンリードが、148人の日本人労働者をハワイのサトウキビ畑へ送ったのが始まりとされています。

当時のハワイではサトウキビ畑や製糖工場などで働く人手が不足していました。

そのため海外からの移民を積極的に受け入れていたのです。

日本人をはじめ、中国、ポルトガル、ドイツ、ノルウェー、スコットランド、プエルトリコなどから人が集まって来ていました。

しかし中でも、日本人の多さと勤勉さが目立っていたようです。

1900年になると、サトウキビ畑で働く人の約70%が日本からの移民だったそうです。

このようにして始まった、ハワイでの日系移民の生活。

日系一世はほとんどの人が、このような農場や畑といった猛暑の中の肉体労働を行っていました。

ちなみに、当時の移民の多くは、ハワイに永住することは考えていなかったそうです。

目的はあくまでお金を稼ぐこと。

これは当然ですよね。

当事の日本の年収は、おおよそ10円だった時代。

ハワイでは200円以上稼げたそうなのです。

20倍はすごいですよね。

しかし一方で農奴と呼ばれるような、過酷な労働環境で働いていた事も事実なのです。

そう考えると、この200円は高いのでしょうか?それとも安いのでしょうか?

ハワイで稼いで日本に戻った人もいますが、そのままハワイに留まった人もいます。

そしてハワイに留まった日系一世の次世代、日系二世がたくさん誕生していくのです。

この日系二世は、生まれた時からハワイアン。

ところがご両親は、日本からやって来た移民。

親子の間でも、微妙に価値観が違っていたようです。

そして日系二世と言えば、戦争です。

1941年の日本による真珠湾攻撃により、アメリカは日本をズルい敵国とみなします。

そしてその矛先は、日系人にも向けられたのです。

日系人はズルい、日系人が憎い、といった感じです。

そしてちなみに当時の日系二世。

日本人の両親を持ちながら、アメリカ人として戦争に参加して、自分たちのルーツである日本人を相手に戦ったのです。

何とも言えない悲哀を感じてしまいます。

このような事を経験しながらも、日系移民はハワイに溶け込んでいきます。

そして日系一世・二世の努力によって、たくさんの日系移民がハワイで活躍するようになったのです。

日系移民で活躍している人の一部を紹介します。

 

ハワイで活躍する日系移民たち

 

シドニー・コササ(Sidney Kosasa)
ABCストア創業者

リチャード・ミヤシロ(Richard Miyashiro)
Cafe100創業者 ロコモコ発祥のお店

セイジ・アヤコ、イフク(Seiji,Ayako Ifuku)
レインボードライブイン創業者

ミツル・タカハシ(Mitsuru Takahashi)
高橋果実店創業者

チャールズ・ヒガ(Charles Higa)
ジッピーズ創業者

マモル・タキタニ(Mamoru Takitani)
ハワイアンホースト創業者

デビッド・イゲ(David Ige)
ハワイ州知事

ダニエル・イノウエ(Daniel Ken "Dan" Inouye)
上院議員