ジョージ・ヘルムとハワイ・カホオラヴェ島について

ジョージ・ヘルム

ジョージ・ヘルムとライアテア・ヘルム

 

George Helm(ジョージ・ヘルム)。

この名前を聞いたことはありますか?

ご存知の方は、かなりハワイに詳しい人でしょうね。

あまり馴染みの無い名前かもしれませんが、地元ハワイではとても有名な人物です。

現代のハワイの歌姫と言われるライアテア・ヘルムは、ジョージ・ヘルムの姪っ子にあたります。

 

Mr.ハワイ通

日本ではライアテア・ヘルムの方が有名かもしれません。

 

ちなみにジョージ・ヘルムも偉大なるミュージシャンでした。

そしてハワイアンスピリットをとても大事にする人物でもありました。

 

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ジョージ・ヘルムのキャリアについて

 

George Helm(ジョージ・ヘルム)は、1950年3月23日にモロカイ島で生まれます。

ハワイアン航空に勤務していた時もありましたが、会社を辞めてミュージシャンとして活動し始めます。

彼が音楽を選んだ理由はお金のためではありませんでした。

彼にとって重要なハワイアン文化の継承を、ハワイアンミュージックを通じて実現したいという想いからでした。

ミュージシャンとしてすぐに才能が認められ、数多くのホテルやラウンジで歌い始めます。

その後もアルバムを発表しながら、安定的に活躍を続けます。

ちなみにハワイで人気のローカル雑誌「Honolulu」。

このHonoluluが2004年に発表した「The 50 Greatest Hawai'i Albums of All Time」。

地元ハワイアンが選ぶ、ハワイで最も好きなアルバムベスト50を発表したものです。

そしてジョージ・ヘルムのアルバムは見事「27位」にランクインされました。

ジョージヘルムのミュージシャンとしての実力が本物というのが分かりますよね。

 

A True Hawaiian【収録曲】

 

Kalama`ula
Manowaiopuna
Waikiki
Ho`onanea
Moloka`i Waltz
Maile Swing
Ku`u Pua I Paoakalani
Kamalani O Keaukaha
Pua Mamane
Na Moku `Eha
Royal Hawaiian Hotel
Ku`u Lei Aloha
Kimo Henderson Hula
Hawaiian Cowboy
Kalena Kai
Kauoha Mai
Haole Hula
`Alika
Moku Kia Kahi
Hi`ilawe
Papalina Lahilahi
Kilakila `O Haleakala
`Auhea `Oe
He Aloha No `O Honolulu

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カホオラヴェ島の悲しい歴史

 

人々を魅了したファルセットヴォイスのジョージ・ヘルム。

ミュージシャンとして高い評価を得ていました。

しかし、ジョージ・ヘルムを語るうえでは、Kaho'olawe (カホオラヴェ)島について語らなければなりません。

カホオラヴェ島と聞いてもあまりピンと来ないかもしれません。

カホオラヴェ島とは、マウイ島の沖合13km程にある小さな島。

マウイ島からすぐ近くで、簡単に肉眼でその姿を臨むことが出来ます。

 

Mr.ハワイ通

カホオラヴェ島は、ハワイ諸島の主要8島では最も小さい島です。

 

ハワイ王朝が成立する頃までに、度重なる戦争の影響で土地が荒廃しました。

そして、もともと雨がほとんど降らない乾燥した土地でしたので、農作物にも適していませんでした。

タロイモなどの栽培も出来ないという事で、島民は漁業で生計を立てていたそうです。

しかしネイティブハワイアンにとって、このカホオラヴェ島はとても大切な島だったのです。

海の安全を祈願する岩があると言われ、「神が宿る島」と信じられていたからなのです。

 

Mr.ハワイ通

カホオラヴェ島は戦争をキッカケに、とてもヒドイ扱いを受けるようになります。これは悲劇です。

 

太平洋戦争をキッカケに、カホオラヴェ島はアメリカ軍の爆撃訓練地となります。

先祖代々の土地を大事にするハワイアンにとって、これは屈辱的な扱いです。

大砲の砲弾によって、土地が荒らされまくったのです。

そして度重なる爆撃訓練により、カホオラヴェ島は完全に破壊されてしまったのです。

1994年に返還されるまでの実に53年間。

この長い期間、米国海軍の爆撃練習場として利用されたのです。

 

Mr.ハワイ通

53年もの長い間、その間ずっと爆撃訓練の場所として利用されたのですよ。もう跡形も無くなるくらいの大破壊です。しかもハワイアンがどれだけ土地を大事にしているのか知らないのでしょうか。

 

悲しくてあまりにも無残で心が痛む物悲しい島なのです。

そして皮肉な事に返還後のカホオラヴェ島では、たくさんの遺跡が多く見つかっています。

ハワイアン文化を、後世に継承してゆくべき重要物です。

これらが自然のまま残されていたら、もっとたくさんの伝統文化に触れられたはず。

それを考えると空しいばかりです。

カホオラヴェ島を取り戻そう!

 

1975年くらいからでしょうか。

カホオラヴェ島をアメリカから取り戻そうという運動が始まります。

ハワイアン文化の保護のためにも、ボロボロにはなったけど「神が宿る島」を取り戻そうとしたのです。

 

Mr.ハワイ通

そしてそのグループの中の一人が、モロカイ島出身のジョージ・ヘルムだったのです。

 

ミュージシャンとして順調に活躍する一方、1975年にモロカイ島で現在のカホオラヴェ島返還運動ををはじめます。

その後グループの中心人物となり、地元ハワイアンへの活動や政治家との交渉を進めていきます。

当時はまだカホオラヴェ島への上陸は禁止されていたのです。

カホオラヴェ島返還運動グループは島の状態をチェックするためにも、無断で上陸して調査をしていました。

そんな1977年3月のある日、グループの仲間がカホオラヴェ島に取り残されてしまう事件が起こりました。

仲間を救援するため、ジョージとその仲間はカホオラヴェ島に向かったのです。

しかしカホオラヴェ島に向かう途中、米軍の海軍警備隊に見つかり3人は襲撃されてしまいます。

3人のうち、ジョージと仲間の1人が消息を絶ってしまったのです。

その後2人の捜索が行われたのですが、二度と発見されることはありませんでした。

ジョージヘルム、若干27歳の事です。

 

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その後カホオラヴェ島は、1991年にようやくアメリカ軍が島から撤退。

 

1993年にハワイ州政府に返還されました。

長くつらい歴史が幕を閉じ、ジョージ・ヘルムとその仲間たちの「神が宿る島」を取り戻したのです。

現在は不発弾処理を行ったり、ボランティアによる植林作業などが行われています。

ジョージ・ヘルムは「神が宿る島」の「神の一人」になったのかもしれません。