ドール・プランテーションの歴史を振り返る!

ハワイの有名な観光スポットとなっているドールプランテーション。

日本からのツーリストにもすごく人気ですよね。

ドールプランテーションでは、パイナップルが食べれるのはもちろんですが、お土産などもすごく充実しています。

ハワイのお土産としても魅力のグッズがたくさんです。

ワイキキからも車で1時間くらいで行けるので、ドライブを兼ねて出かけるのが最高です。

ドールプランテーションの敷地は広大で、中には巨大迷路があります。

ハイビスカスやヘリコニアなどハワイの熱帯植物で彩られた世界最大サイズの巨大ガーデン迷路、一度体験してみるのも良いのでは。

上から見てみると良く分かりますが、パイナップルの形をしているんですね。

また、パイナップル・エクスプレスが敷地内を一周しています。

パイナップル畑の周りを1周しながら、約20分間ほど様々なハワイの植物を楽しむことができます。

美しいワイアナエ山脈を背景に3.2kmのコースを走ります。

ハワイはほとんどの食品をアメリカ本土などから輸入していますが、ドールがあるのでパイナップルの自給率は100%なのです!

あとここでは、名物のパイナップル・アイスクリームがお勧めなので、ぜひおためしください。

そしてドールプランテーションのオリジナルグッズのお土産もお忘れなく。

リリウオカラニとドール

ハワイ王朝最後の女王リリウオカラニ。

リリウオカラニは、あの名曲「アロハ・オエ(Aloha oe)」を作ったことでも有名な女王です。

1800年後半、当時のハワイでは白人が勢力を強めていました。

そして、その白人勢力に対抗するためリリウオカラニは頑張っていたのですが、抵抗むなしくイオラニ宮殿に幽閉されてしまいました。

その後の1894年にはとうとうハワイ王国が消滅し、白人支配によるハワイ共和国となってしまいました。

その時のハワイ共和国の初代大統領がドールという人物なのです。

日本とハワイの深い関係

しかし、当時のハワイ共和国の樹立に反対していたのが日本でした。

アメリカがハワイを併合しようとしていた時、それを防ぐため先頭に立ったのが日本。

まずは海軍が動きました。そして当時の日本海軍を率いていたのが、あの「東郷平八郎」でした。

東郷はハワイに住む日系人の権利を守るために、戦艦を引き連れホノルルに向かいました。

これには

現地のハワイアンも大喜び

だったそうです。

白人たちの侵略に怒りを覚えていたのです。

ちなみに東郷平八郎は日露戦争でロシアと戦い、見事を日本を勝利に導いた「海軍のトップ」

当時世界最強と言われたロシアのバルチック艦隊を破ったことで、

世界中に「トーゴー」の名前が有名

になり、また多くの敵国に恐れられるようになっていたのです。

逆にロシアから制裁を受けていたような国、トルコやギリシャでは、「日本ありがとう!東郷ありがとう!」の大合唱だったそう!

トルコやギリシャでは、自分の子供に「トーゴー」と名付ける事が流行ったほどです。

しかしその後、残念ながらその後ハワイは、アメリカに併合されてしまいました。

ここでハワイ王国が消滅してしまったのです。

ドールプランテーションが誕生

ちなみに、パイナップルで有名なドール・プランテーション。

ハワイ王国を崩壊させて、新しく建国した白人のための国「ハワイ共和国」の初の大統領、それがドール大統領です。

そして、その

ドール大統領のいとこが始めた会社が「ドールプランテーション」

なのです。

もともとのハワイアンの国「ハワイ王国」が、白人がだんだんと勢力を伸ばしていっていた時、ハワイの土地なども、どんどん白人が買い上げていったのです。

ハワイアンにとっては、大地は「マナ」が宿るとても大切で神聖なものと考えられていました。

その大事な土地を白人が買い取り、サトウキビ農場にしたり、パイナップル農場にしてしまったのです。

あくまで自分たちが「儲けたい」ために。

その時には白人の力が圧倒的に強く、地元のハワイアンはもう何も言えずに、黙って白人の略奪を見ているしかなかったそうです。

パイナップルのアイスクリームはおいしいのですが、このような歴史を振り返ると少し複雑な気分になりませんか。

サトウキビ農場が作られた

もう一度、ハワイとアメリカの歴史や関係を振り返ってみます。

1861年に始まった南北戦争。

戦争の影響で、砂糖の供給が減少してしまいます。そこで、白人経営者たちは「ハワイにサトウキビ農園を作ろう!」となったそうです。

そして広大なサトウキビ農場を運営するために、現地のハワイアンだけではまったく人手が足りないからと、日本や中国、フィリピンから移民を農奴(のうど)として輸入したのです。

農奴ですよ!

農奴とは奴隷(どれい)と農民との中間的身分で、めちゃくちゃな労働を強いられてしまうのです。

そして1893年、とうとう白人勢力がハワイ王政を廃して、

自分たちのための国「ハワイ共和国」を設立

してしまったのです。

今でも残るハワイの問題とは

ハワイアンは、大事な先祖の土地を白人に奪われ、サトウキビ農園で奴隷として過酷な労働を強制されました。

そこには日本からの日系移民も含まれていました。

そして当時の白人による「ハワイ共和国」の建国時、ほとんどの神聖な土地を白人に奪われてしまいました。

今でもその時の影響は強く、

「ビッグ・セブン」と呼ばれる白人の大地主が、ハワイの土地の4分の1を支配している

といった異常事態が続いているのです。

解消されない差別問題

現在、ハワイに住むネイティヴ・ハワイアンの比率は1%程度になっています。

それでもハワイ島では一部の学校で、ローカルによるアメリカ本土からやってきた白人の子どもに対するいじめが深刻な問題になっています。

一方、アメリカ軍人の町と呼ばれる「パールシティ」では、アメリカ本土からハワイに来た白人たちにより、ハワイアンをはじめ日系人やコリアン系などの有色人種への差別も問題になっているようです。

楽園ハワイでも、このような問題があるのです。