ハワイ島にあるリリウオカラニ公園

ハワイ島(Big Island)、オアフ島についで人気のネイバーアイランド。

ハワイのそれぞれの島には魅力が溢れ、何回ハワイに旅行しても次々と新しい発見がありますよね。

ハワイ島もそのひとつ、奥の深い島ですので何回でも訪れたくなります。

ハワイ島は雨の多いヒロよりコナ周辺の方が人気のようで、リゾートホテルもコナに集中しています。

やはり気候のせいなのでしょうか。

たしかにコナの雰囲気は良いですからね。

ビッグアイランドに旅行した時、いつもはコナ周辺のホテルでのんびりしているのですが、たまにはヒロにも行ってみたいと思いレンタカーを走らせました。

コナからヒロへはかなり遠かったです、何時間かかったかも思い出せません。

ようやくヒロに到着すると事前にガイドブック等で知ってはいましたが、雰囲気のあるダウンタウンが素敵な町でした。

ここヒロは雨のイメージが強いですが、そのヒロにあるリリウオカラニ公園。

ハワイ王朝最後の女王、リリウオカラニに因んで名づけられた公園です。

1900年の初め頃、日本人の移民によって作られた日本庭園スタイルの公園でパワースポットとしても有名です。

リリウオカラニ、女王に即位

リリウオカラニは兄であるカラカウアの後を継いで即位したハワイ王朝最後の女王です。

1891年カラカウアが渡米先のサンフランシスコで亡くなり、リリウオカラニは女王として即位することになったのです。

ちなみにリリウオカラニの夫、ジョン・ドミニスはリリウオカラニが即位した7か月後に死去してしまいます。

リリウオカラニとジョン・ドミニスには子供がいなかったため、姪であるカイウラニが王位継承者となっておりました。

しかし美人で国民からも大人気であったカイウラニは、残念ながら23歳の若さで亡くなってしまいました。

名曲「アロハ・オエ」

当時のハワイはとても混沌としていて、ヨーロッパやアメリカ本土から来た白人がハワイを占領し始めていました。

リリウオカラニはじめ、多くのハワイアンによる必死の抵抗もむなしく白人に圧倒されてしまいます。

そしてついには、リリウオカラニはあのイオラニ宮殿(イオラニ・パレス)に幽閉されてしまったのです。

幽閉中失意の中、愛するハワイの人々の事を想って作曲したのが、あの名曲「Aloha Oe(アロハ・オエ)」(諸説あります)。

もともとはラブソングでしたが、今日では別れのシーンで演奏されることが多いそうです。

ハワイの人気観光スポットでもある「イオラニ宮殿」といろいろなところで聴く事がある「アロハ・オエ」。

じつは華々しくも、悲しい歴史があったのですね。

ハワイ王国の崩壊

その後も白人によるハワイアンに対する厳しい攻撃が続きました。

1898年には当時のアメリカ大統領がとうとうハワイをアメリカの領土であると宣言。

これによりハワイはアメリカ合衆国として編入され、ハワイ王国約100年の歴史は幕を閉じたのです。

ハワイ王国は滅亡してしまいましたが、リリウオカラニはその後もハワイ王朝最後の女王としてハワイアンから絶大な敬愛を受け続けます。

しかし残念ながらハワイ王国の復活の夢を遂げる事無く、1917年79歳で亡くなりました。

ホノルルにある「リリウオカラニ植物園」。

こちらは人気の植物園のひとつです。

ここはリリウオカラニのお気に入りだった散歩道を植物園としています。

次回のハワイ旅行では、「アロハ・オエ」でも思い出しながら散歩を楽しみたいと思います。

リリウオカラニ 1891年1月29日-1893年1月17日在位。

<ハワイの国王とその家系>
カメハメハ (King Kamehameha)
カラカウア(David Kalākaua)
リリウオカラニ(Lili’uokalani)
エマ女王 (Queen Emma)
パウアヒ王女 (Princess Bernice Pauahi)