「パウアヒ」と「ビショップ」

ビショップ博物館

ビショップ・ミュージアムを作った人物

ビショップ・ミュージアム。

ハワイの歴史を肌で感じられる由緒ある博物館、それがビショップ・ミュージアムです。

日本人にも人気の観光スポットですので、訪れた事がある人も多いのではないでしょうか。

ビショップ・ミュージアムのある場所は、ワイキキから少し離れています。

しかしワイキキからThe Bus(バス)でも行けますし、レンタカーがあればさほど時間もかかりません(道に迷わないように注意が必要ですが)。

ビショップ・ミュージアム(博物館)はカメハメハ王の直系子孫であるパウアヒ王女が亡くなった後、彼女の遺言によって夫であるチャールズ・ビショップにより作られました。

ビショップミュージアムの「ビショップ」は、パウアヒの夫であるチャールズ・ビショップから来ているのですね。

パウアヒは王家の莫大な財産や土地などを相続していました。

その所有する土地の広さは、なんとハワイ全土の約1割にも達したとも言われています。

すごい広さですよね。

そして彼女の死後、その莫大な資産はハワイの恵まれない人のためにと創設された学校「カメハメハ・スクール」への寄付であったり、ハワイアン文化の継承を目的として「ビショップミュージアム」の建設へとつながって行ったのです。

ハワイを愛するパウアヒ、そしてそのパウアヒを想ったビショップだからこそこれだけ地元ハワイへの恩返しが出来たのでしょう。

しかしビショップと一緒になる前のパウアヒはと言うと・・・・。

パウアヒを取り巻く人間模様

パウアヒはもともとカメハメハ五世と婚約をしていました。

しかしパウアヒはカメハメハ五世との婚約を破棄してしまい、ビショップと結婚をしてしまいました。

そしてカメハメハ五世はパウアヒと一緒になれなかったことを大変ショックに思い、その後も独身のままで結婚をしませんでした。

そうとうパウアヒのことを想っていたのでしょう。

その後カメハメハ五世が亡くなり、とうとうカメハメハ一世の直系の王様が途絶えてしまいました。

パウアヒとカメハメハ五世が一緒になっていたら、直系は続いていたかもしれませんよね。

歴史とはこのようなものなのでしょう(すみません、えらそうに)。

カメハメハ五世の後を継いだのは、カメハメハの遠縁にあたるルナリロでした。

しかしそのルナリロも王位のプレッシャーからか、大量の飲酒などが原因で早くに亡くなりました。

王位を継承するのは、口では表せないほどのプレッシャーなのでしょう。

こればかりは当人でないと本当のところは分からないですが、大変さは容易に想像できます。

歴史に「もし」はありえませんが、それでも「もし」カメハメハ五世とパウアヒが一緒になっていたら、違うハワイの歴史が生まれてかもしれませんね。

<ハワイの国王とその家系>

カメハメハ(King Kamehameha)
カラカウア(David Kalākaua)
リリウオカラニ(Lili’uokalani)
エマ女王(Queen Emma)
パウアヒ王女(Princess Bernice Pauahi)